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by aloha3peace5

グランデ・アズーリの古今とファンタジスタの憂鬱。

名前は「しゅうと」。
でも、元球児。
そんな僕が今回語らせてもらうのは、
カルチョ(イタリア語でサッカーの意)について。

元球児でありながら、
何故カルチョが好きなのかを、
熱く語っていきます。

サッカーを知らない人にも、
ある程度分かってもらえるように書いたつもりなので、
最後までお付き合い下さい。

では、
早速、
順を追ってお話ししていきましょう。





・男前が多い。

いきなり何を言い出すのかとお思いだろう。
なんともミーハーな、女性的な意見と思われるかも知れないが、プロスポーツが「見世物」である。という観点から論じると、やはり「見た目」というのは必要不可欠、且つ、重要な要素だと思うのだ。

この濃さ。
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この甘さ。
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このモミアゲ。
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そしてこの顔である。
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…。



さて、本気7割、冗談3割の話はこの辺にして、そろそろ本題に入ってみよう。





・個性豊かな監督たち。

「カルチョには、100人のファンがいれば、100通りの理想の戦術がある。」
と、言われるほど、イタリアのサッカーファンたちは戦術にうるさい。
そして、各チームの戦術は、そんなファンたちの目に常に晒され、賞賛され、そして、ひと度成績が傾けば、一斉に非難される。
そんな中で、「育てられる」監督たちは、常に多様な戦術を生み出して来た。

中でも、アーリゴ・サッキは、ゾーンプレスを提唱し、当時のサッカー界に「革命」と呼ぶにふさわしい衝撃を与えた。
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プロサッカー選手としてのキャリアを持たないサッキが、名門AC ミランの監督に就任するというニュースは驚きを持って迎えられたのだが、
「ジョッキーになるために、馬に生まれる必要はない。」
という言葉と共に、チームの改革に着手。
フリット、ファン=バステン、ライカールトのオランダトリオを筆頭に、頭角を表し始めたマルディーニ、後にミランを率い「名将」と呼ばれる事となるアンチェロッティといったタレントに恵まれたチームを建て直すために、サッキが生み出したのが、前述のゾーンプレスである。

クライフが「全員攻撃、全員守備」を根幹に据えた、トータルフットボールを打ち出してからも、主流はやはりマンツーマンディフェンスであり、「人に人が付く」スタイルは変わらずにいた。
そんな中、当時、キャリアのピークを迎えていた、ナポリのマラドーナに手を焼いていたサッキは、彼を封じる為に、「エリアを人で固める」という全く新しい守備機構を発案したのだ。
後に「グランデ・ミラン(偉大なるミラン)」と呼ばれることになるこのチームは、新システムと共にヨーロッパを席巻し、破竹の勢いでトロフィーを獲得して行くのだが、それ以上に、二十余年経って、今なお主流のディフェンスシステムであるゾーンプレスを発明したという功績の大きさは計り知れない。

その他にも、最近では、2010年のW杯 南ア大会で、日本も採用した「0トップシステム」を考案したローマ時代のスパレッティや、トレクアルティスタ(トップ下)が主戦場だったピルロのレジスタ(司令塔)としての才能を見出し、ヨーロッパで圧倒的な強さを見せた「クリスマスツリーシステム」のACミラン時代のアンチェロッティ、今では強豪クラブの常識となっている「ターンオーバー制」を確立させたカペッロなど、「戦術家」と呼ばれる監督には、枚挙に暇がない。

日本代表を率いるザッケローニにしても、就任当初こそ「3-4-3」の攻撃的なシステムを指標していたものの、選手のキャラクターを掴むや否や、「4-2-3-1」にあっさり変更して、且つ、結果を残してくるあたり、戦術面における柔軟さ、引き出しの多さを感じさせる。
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「既存の選手のキャラクターを最大限に生かせるシステムを、セオリーに囚われず、且つ、自身のフィルターを通して採用する。」
これこそが、イタリア人監督の最大の特徴ではないだろうか。





・一芸巧者のFW陣。

そして、それだけ多種多様な戦術があれば、それぞれの戦術に必要とされる選手も、そこにフィットする「何か」に特化した選手が求められるのは必然だ。
順番からすると、
「何かに特化した選手がいて、それに合わせた苦心の戦術が生まれる」
わけなのだが、それを繰り返すうちに、「伝統」だけでは括れないサイクルが発生する。

伝統的に、各国のリーグでFWに求められる要素というのが、ある程度ヨーロッパサッカーを知る人ならば想起されるのではないだろうか。
例えば、展開が早く、ボディコンタクトの激しいプレミアでは、フィジカルに裏打ちされたトータルバランスを、クライフの理念が継承され、MFが持て囃されがちなリーガでは、ただのゴールよりも美しいゴールをもたらすテクニックを、そして、後方がどっしり腰を据え、少人数でのスピーディーなサイドアタックを志向するブンデスでは、ターゲットマンとしての高さを求められる。

では、カルチョのFWに最も求められるものは何か?
それは「結果」である。つまり、得点だ。裏を返せば、結果さえ残せば、プロセスはどうでも良いのだ。
89分間消えていても、最後の1分だけ、ワンタッチだけ輝けばいい。
そんな環境の中で淘汰されて行く選手たちは、フィニッシュの局面に特化した選手になって行く。
これもまた必然であり、そのバリエーションも戦術同様実に豊富だ。
その中でも最たるものが、フィリポ・インザーギだろう。
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優れたフィニッシャーと言われる選手は、欧州各国はもとより、イタリアにも数多くいるが、彼ほど、一見すると「平凡な」選手は類を見ない。
体躯が優れているでも、足が速いでもなく、ボールスキルに関しては、並以下と評されても不思議はないほどのレベルだ。
ここ数年は度重なる怪我と年齢による衰えもあり、ACミランからの今夏の移籍が確実視されてはいるが、それでも彼は常にトップレベルのFWであり、得点を重ね続けている。
彼を一流のFWたらしめているもの。それは、独特の「感覚」だ。

かのサー・アレックス・ファーガソンをして、「オフサイドライン上で生まれた男」と言わしめるディフェンスラインの裏を取る技術、そして、「なぜ、そこに?」というポジションに必ず現れるゴール前での嗅覚。
フィジカルでも、テクニックでもなく、彼を支え、引き上げたものは、間違いなくそのセンスなのだ。
自国開催のW杯で得点王を獲得し、晩年はジュビロ磐田でもプレーしたスキラッチや、2000年にスクデットを獲得したローマのモンテッラなどもこのタイプのFWと言えるだろう。

そして、もう一つ、インザーギの特筆すべき点は、そのメンタリティだ。
大舞台に滅法強く、人一倍自分の得点に拘る。
そのこだわり様たるや、自身のプロとしてのキャリアの中で、体のどの部位で、何ゴールずつ決めたのかを、ほぼ完璧に把握しているほどだ。

一方で、イタリアでは、所謂、ファンタジスタと呼ばれるタレントが、育ちにくいとする向きもある。
その点については、別項で詳しく掘り下げて行くことにする。





・ディフェンシヴなメンタリティ。

「カテナチオ」
イタリア語で「錠前」を意味するこの言葉は、伝統的に堅守を基本としたサッカーを展開するアズーリ(イタリア代表の愛称)の代名詞だ。

かつて、とあるコラムの中で、こんなことを言っているイタリア人ファンがいた。
「最も美しい試合は0-0のスコアレスドローである」
と。
彼は、こう続ける。
「サッカーの試合のおいて、得点(失点)が生まれる時というのは、どこかに何らかのミスが発生している。
最も美しい試合とは、ピッチ上の22人が誰一人もミスを犯さない完璧な試合のことだ。」

ゴールに鍵をかける。
相手に得点を与えない。
点を取られなければ負けることはない。
ピッチに立つ全員が、ミスなく完璧にプレーをすれば、負けることはない。

ファンの目の厳しさゆえ、チームは常に結果を求められ、結果を求めるがゆえ、勝利至上に行き着くのは、ごく自然な流れだ。
勝利至上という意味では、どの国も、どのクラブも同じなのかもしれない。
しかし、その方法論は、大きく分けて二つある。

サッカーの試合において、勝者になる為の条件。
それは、90分間で相手より多く点を取ること。
そこを目指す方法として、先ず一つ目は「何点取られても、相手より多く点を取ればいい。」という考え方がある。
ブラジルを始めとする南米の強豪、そして、クライフのオランダ辺りがその典型だろう。
そしてもう一つは、「相手に点を与えなければ、負けることはない」というそれだ。
イタリアやベッケンバウアーのドイツ辺りのサッカーは、伝統的にここを指標している。

勝利という結果を得る為に生まれる二つの選択肢、「勝つ為のサッカー」と「負けない為のサッカー」。
ある時は前者が、またある時は後者が、欧州の、そして世界の頂点に君臨し、己の正しさを証明してきた。
どちらが正しい戦術なのかという問いは、サッカー界の永遠のテーマなのかもしれない。

そして、伝統的に負けない為のサッカーを指標しているイタリアの最大の強みは、GKに豊富なタレントを抱えていることだ。
世界的に、常にタレント不足が嘆かれているこのポジションにおいて、イタリアは他国に類を見ない層の厚さを誇り、イタリア人GKは各国のリーグで活躍している。
なぜ、それほどまでに優秀なタレントを輩出し続けられるのか。
それは、彼らがヒーローだからだ。
サッカーを志したイタリアの少年たちが、先ず始めに憧れるのは、フィールドを駆け回りゴールを決めることではなく、相手のシュートをストップすることなのだ。
そして、各チームで最も才能豊かな子供がゴールマウスに立つことを許され、それが年齢毎に各カテゴリーで繰り返される。
そんなヒエラルキーの頂点であるセリエ Aには、優れた人材が集まってくるというわけだ。

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アズーリのゴールを10年以上に渡って守り続けるジャンルイジ・ブッフォン(彼は元々フィールドプレイヤーだが…)を筆頭に、若手では、その後継者と目され、代表の各カテゴリーで正ゴールキーパーを争っているコンシーリとシリグ、遡れば、トルド、パリュウカ、ゼンガ、ゾフ。
カテナチオは常に名ゴールキーパーと共にある。
近年、正ゴールキーパー不在に悩まされているイングランド代表からすれば、なんとも羨ましいところだろう。





・これからのカルチョとファンタジスタ欠乏症。

そして、先日、そのイングランド代表を電撃的に辞任したことも記憶に新しいイタリア人監督ファビオ・カペッロは、かつてこんな言葉を残している。
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「モダンフットボールにファンタジスタの居場所はない。」
「『創造性』とは、言い換えれば、単なる『意外性』でしかない。」
イタリア人監督の中でも、特に規律と戦術、そしてディフェンスに重きを置く彼らしい言葉なのだが、カルチョにおける「ファンタジスタ欠乏症」は、まさに、ここに起因していると言えよう。
ピッチ上において、規律に重きを置くということは、選手達はそれだけプレイの自由を制限されるということになる。
そこに、ファンタジーやスペクタクルは求められないのだ。

バッジォからデル・ピエロへと受け継がれたセコンダプンタ(セカンドトップ)の系譜は過去のものとなり、トレクアルティスタのトッティ、レジスタのピルロに後継は育っていない。
2014年のブラジルW杯でお目にかかれそうなイタリア産ファンタジスタと言えばモントリーヴォくらいだろうか。
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ジョビンコは未だもう一つ殻を破れずにいるし、バロテッリは身体能力に非凡なものはあるが、やや荒さが目立つ。
マルキジオはモントリーヴォに似たタイプのモダンなMFではあるが、堅実さが先行して、突き抜けた印象がない。
更に若い世代の台頭も望めなくはないのだが、堅実さを誇ってきたイタリアサッカーが、目処の立たないものに依存するというのも、いささか心許ない。

これからもカルチョが魅力的であり続けるためには、これを重要課題として、リーグを上げて取り組まなければならない時期に来ているのかもしれない。



さて、ここまで4項目に渡り、ダラダラとカルチョについて述べてきたわけだが、要するに、僕が言いたいのは、今夏でユヴェントスを退団するデル・ピルロには、是非Jリーグに来て欲しい。
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ということだと、最後に断っておく。
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by aloha3peace5 | 2012-06-18 06:47 | column | Comments(0)